Label: Edition Omega Point - OPA-0014
1961年に一柳慧がアメリカから帰国して間もなく、草月アートセンター主催で行われたこのコンサートにおいて、欧米の前衛音楽やケージ、そして一柳自身の作品と前衛思想が直接開陳されることとなった。特にライブエレクトロニクスや小野洋子のヴォイスがハードコアなノイズ的演奏を繰り広げる一柳作品がスゴイ!この半年後に初来日を果たすケージのコンサート・ツアーにおいて、日本の音楽界はより大きな「ショック」を受けることになるが、一柳らの演奏会はまさにその前夜の静かな衝撃であった。ジャケには杉浦康平デザインによるコンサート案内チラシをあしらい、時代精神も塗り込んだ入魂リリース!
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DISC 1
track 1: シルヴァーノ・ブソッティ「ヴァイオリンのための音楽」/ 9'18"
ブソッティはイタリア生まれの作曲家にして、演出家、デザイナー、その他ひじょうに多彩な人物として知られる。早くから図形楽譜を用いた作品を書いているが、その楽譜は視覚的なおもしろさをも持っている。この演奏ではヴァイオリンはあらかじめ(小林によって?)多重録音されたテープを使い、さらに生演奏によってピアノや打楽器、オブジェをいじる特殊なものとなっている。
track 2: モートン・フェルドマン「ヴァイオリンとピアノのためのデュエット」/ 9'55"
ケージとともにニューヨークの実験音楽を代表するフェルドマンは、また弱音の作曲家として、また、図形楽譜を考案したエピソードはよく知られている。多作家だが、その作品のタイトルはしばしば無味乾燥な楽器編成のみが記される。
track 3: 一柳慧「ザ・パイル」+「弦楽器のために・第2」/ 19'06"
「ザ・パイル」は任意の編成による。このコンサートでは作曲家自身によるピアノの内部奏法と、小野洋子によるヴォイスによって演奏されるが、エンジニアの奥山重之助がアシストし、唯一本格的なライヴ・エレクロニクスを用いた演奏になったという。ケージの作品でしばしばおこなわれるように、この作品でも同時演奏がされており、それが小林健次による「弦楽器のために・第2」。楽譜に記されたインストラクションはただひとつ---「全体を通して一つの音のみを奏する」。1960年代のみならず、現在もしばしば演奏されている作品である。
track 4: アントン・ヴェーベルン「ヴァイオリンとピアノのための4つの小品」作品7 / 5'18"
シェーンベルク、ベルクとともに新ヴィーン楽派の1人であったヴェーベルンは、フェルドマンに先立つ弱音の作曲家であり、また、きわめて意識的な音色への志向を持っていた。本作は他の演奏曲目とは異なり、第二次世界大戦、いや、第一次世界大戦以前の1910年という早い時期に作曲されている。
track 5: ラ・モンテ・ヤング「ヘンリー・フリントのための561」/ 11'24"
のちにミニマル・ミュージックと呼ばれるようになる音楽を生みだす作曲家たちのひとりであるラ・モンテだが、フルクサスに加わっていたことも忘れてはならないだろう。本作はそうしたコンセプチュアルな作品であり、事前に指定した任意の回数だけおなじ音を発する。なお、ヘンリー・フリントもおなじフルクサスに加わっていた1940年生まれの音楽家。
DISC 2
track 1: ジョン・ケージ「34'46.776”」/ 31'33"
1954年に作曲され、同年10月17日、ドナウエッシンゲン音楽祭において(「ピアニストのための31'57.9864」との同時演奏により)初演。後年出版されたスコアは「1人のピアニストのための34’46.776”」という題名になっているが、この録音でも一柳慧のピアノに小林健次のヴァイオリンが加わり、かつ当時の資料には記されていない、女性の英語および日本語のナレーションも聞こえる(これは小野洋子によるものと思われるが、確証はない)。おそらく一柳がこの作品の初期の上演方法を参考にしつつリアライズしたのであろう。コンサート告知資料ではもうひとりのピアニストとして高橋悠治の名があるけれども、高橋悠治によれば、同時演奏の打診はあったものの、技術的な理由から直前にキャンセルしたという。
- 曲目解説:小沼純一(音楽批評)