Label: NEUREC
LAFMS文化をディープに伝え続ける伝道師"T・坂口"氏のレーベルNEURECより、頭士奈生樹氏の新作アルバム[夜想曲]が登場!!外箱付きの豪華装丁!!
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頭士奈生樹さんは饒舌な音楽家ではない。だが、珍しく自ら進んで語り始めたことがある。6年前に兵庫県芦屋市の山村サロンであった「東日本大震災からの復興を支援するチャリティ・コンサート」でのことだ。いつも座って演奏する彼は、まず立って一曲演奏した。そして椅子に座り、ギターを弾き始める前にこんなことを話し始めたのである。
「何故自分が演奏し、音楽を聴くのかというと、それはトランスを得るために他なりません」と。
その話が終わってから彼が演奏し始めたのは後に「夜想曲」と呼ばれる曲のヴァージョンだった。「夜想曲」は7年前に初演されている。2015年の4月、大阪市難波のベアーズにおいて。頭士さんは、1979年から1982年にかけてIdiotこと高山謙一さんと同じバンドに居た。そのバンドは螺旋階段、リラダン、Idiot O’clockと、変容して行く。それから33年が経った。「Idiot O’clockで演奏していたような音をベースにして、思う存分自由気ままにギターを弾いてみたい」と頭士さんは思ったのだそうだ。その実践が「夜想曲」と呼ばれる数曲である。彼自身がトランスを得るための演奏だったのではないのかなと想う。
一度「夜想曲」を演奏してみて気に入ったのだと思う。ベアーズでのライヴから二週間の後、山村サロンで彼はその曲の別ヴァージョンを演奏した。最初に触れた同所でのラスト・コンサートの一年前である。この二週間という時間は、頭士さんにとって大きな意味を持つ。彼は、ライヴの日程が決まるとその二週間前から練習を始めるのだという。自身の演奏力と気力がライヴ当日ピークに達するよう調整を行うのに違いない。だが、ベアーズでの演奏において一旦ピークに達した彼は、二週間後の山村サロンのコンサートに向けてもう一つのピークへと向かわねばならなかった。
その日山村サロンで演奏された「夜想曲」の第二ヴァージョンをその演奏を聴いてとても驚いたのを覚えている。Idiot O’clockのような感触が渦巻いているのは解る。だが、細部で何が起こっているのかを咄嗟には把握することが出来ない。理解出来たのは、非常に自由度が高い演奏だということだけである。頭士さん曰く「ギターの振れ幅がとても大きかった」演奏だと。それが、初めて聴いた「夜想曲」のヴァージョンだった。
演奏が終わって頭士さんと話していると、前述した二つのことを知らされる。彼はライヴの準備を二週間前から始めること。そして、二週間前にベアーズで演奏を行っていたということである。ベアーズでの演奏を聴いてみたくなり、彼にお願いすると、後にその日の録音をファイルで送って来てくれた。そこに含まれていた「夜想曲」は山村サロンで演奏されたヴァージョンとはギターのコード進行が違うし、激烈な部分もあるにせよ、荒れ狂うような展開はない。面白い対照を成していると感じ、この二曲を合わせてアルバムを作ってみないかと提案した。頭士さんは快諾してくださり、アルバムの制作が始まる。
それから数ヶ月が経って、頭士さんから別の音源のファイルが送られて来た。8月に行われたライヴの準備として、頭士さんが自身のスタジオで行ったソロ・セッションの記録だという。それまでの「夜想曲」とは違うギターのコード進行を持つその曲には「午前零時の夜想曲」というタイトルを付与されていた。この時、最初のヴァージョンに「午前四時の夜想曲」、第二ヴァージョンに「午前二時の夜想曲」というタイトルが与えられる。頭士さんはこれら三つの「夜想曲」で構成されるアルバムを提案した。もちろん私は快諾し、改めてアルバム制作を仕切り直す。だが、それが実現する迄には紆余曲折があった。アルバム制作が再起動されたのは2019年のことである。
因みに、2015年から2019年の間には「夜想曲」に関する別の出版があった。2018年にOrg Records から発表された頭士さんのソロ・アルバム『IV』に「夜想曲」というトラックが含まれたのである。このトラックは「午前零時の夜想曲」と同じギター・コードの進行を持つものだった。『IV』に収録された「狂騒曲」も「夜想曲」と同様の動機から生まれた作品だと頭士さんは説明している。
さて、アルバム『夜想曲』はサウンド・エンジニアである石崎信郎さんと出遭うことで2019年にその制作が再起動された。山村サロンで演奏された「午前二時の夜想曲」を当日私は会場の後方でビデオ録画している。それを繰り返し視聴した。しかし、コンサート当日の衝撃が蘇って来ない。そこで頭士さんにお願いし、彼自身が録音した「午前二時の夜想曲」のファイルを送って貰った。多分マイクが彼の近くに在ったのかなと想像するのだが、ピックがギター弦を弾く物理音まで録音された生々しい音源である。だが、それでも当日に演奏を聴いて自分の内に起こった反応が充分には蘇って来ない。
そこで頭士さんのファイルを石崎さんに送った。マスタリングを行って頂いた結果、満足の行く音源が出来あがったのである。石崎さんのマスタリングは単に音質を高めるだけのものではない。音楽全体のバランスが鮮明化し、立体感とダイナミズムが顕著に増大する。あの日感じた驚き、聴いたこともないような音楽に出遭った喜びが自分の内に蘇って来た。「午前四時の夜想曲」と「午前零時の夜想曲」も、やはり石崎さんによりマスタリングが施され、音楽としてより良い形に調整されたことは言うまでもない。
これらに併せて、頭士さんがアルバムに収録して欲しいと送って来たもう一つのトラックがある。岡山市のライヴ・ハウス、クレイジーママで2019年の9月に録音されたトラックだ。ギター・コードの進行に基づくならば「午前四時の夜想曲」のヴァージョンである。頭士さんは、「あの曲がその後どうなったかが解ると思います」とコメントを付けていた。この、「その後どうなったか」というちょっと突き放した感じの言い方が気に入って、「午前四時の夜想曲・その後」というタイトルを付与する次第となる。このトラックにも石崎さんの手によるマスタリングが施された。
このような経緯を経て、アルバム『夜想曲』は2022年5月、完成に至る。
『夜想曲』出版に際しては二つのヴァージョンを用意した。CDのみのもの、そしてCDに同内容のダブル・カセットを付けたものである。基本はCDの音であり、それが磁気テープに録音されるとどんな風に音が変わるのかを体験して頂きたくて、こんな形を設定した。このヴァージョンはCDとダブル・カセットを含む。
文 坂口卓也 / NEUREC